​僕の前世記憶

第一章 城の中の私たち

 

僕は、前世記憶をもちます。

重度障害者でもある僕は、母とふたりで、人間の最大能力を使い、筆談・指談によるコミュニケーションを取る者です。

僕と母が共有する前世記憶を、ここで、皆さまに語っておきたいと思います。そのことが、のちに、私たち親子、

そして社会へと幸せなエネルギーを発することができると信じて、告白いたします。

 

僕と母は、ひとつ前の前世で、姉弟として生まれ育ちました。

運命を共有し、翻弄され、離れ離れになりました。その物語を、今からお話しします。

 

 

場所は、心地よい風が吹く、温暖なヨーロッパの一地方だと思われます。

 

一年を通じて花々が咲き乱れ、草木の緑があふれています。

私たちは幸福に豊かに、生活を営んでいました。

 

 

景色のいい山の上に、たくさんの石を積んで造られた宮殿がありました。

国を守り、政治を司る象徴的建物としてのその城では、たくさんの人が働いていました。

彼らは信仰心あつく、生きる活力に満ちていました。

 

父は、この土地を治める王でありました。

前世での母親は、聡明でやさしく、美しい心をもつ人でした。

 

兄弟は3人。

一番上が兄、当時18歳から20歳頃

姉は16歳から18歳頃

僕は、12歳前後だと思われます。

僕たちは、何不自由なく、恵まれた暮らしをしていました。

 

ひとつ上の姉が、今世の母です。

彼女もまた、美しく賢く、朗らかで快活な人でした。

 

勉学に励み、社交と美を好む彼女のまわりには、いつもたくさんの友人が集っていました。

彼女は、僕の憧れの人でした。

兄もまた、聡明で優しい人で、説得力があり周りを魅了する力をもつ彼もまた、

僕にとって手の届かない、憧れの存在でした。

 

僕は、産みの母と一緒に散歩を楽しんだり、本を読んでもらったり、末っ子ということもあって、

愛情をじゅうぶんにかけられながら、すくすくと育っていました。

 

父は、王であるが故、わがままでぞんざいな態度をとる、近寄りがたい存在でありました。

当時の僕としては、父の存在は遠く、大きな壁や隔たりを感じながら育ちました。

 

僕も、姉も、兄も、母も、それぞれがそれぞれを尊重しあいながら、伸びやかに、健やかに日々を過ごしていました。

小さな幸せな出来事も、苦しみや悲しみさえも、すべてが美しく、華麗でありました。

 

僕たちは、いわゆる王家家族、ということになります。

 

私たちの暮らしは、それはそれは豊かでありました。豪奢で品の良い調度品、整えられた園庭、

広々としたそれぞれの居室は、二十畳以上の広さがあります。

ダイニングの大きなテーブルには、白い美しい石が使われています。

床にもまた、ピカピカと光る石が使われていました。

 

装いですが、足は普段ははだし。行事が行われる時は、革でできたサンダルを履きます。

街の女性のほとんどが白い布でできたワンピースのような簡素な服装です。

私たち王家の人間は、男性も女性も、麻や綿などのなどの自然素材のワンピースのような服をまとい、

 

腰にはきれいな色のスカーフのようなものを巻きつけています。

首には、3,4個の天然石がついた紐を、王は三重に、

 

后である母と男子の兄と僕は2重に、姉は一重に、ネックレスとしてさげていました。

 

王位継承者が、たくさんの石のネックレスをつけることができました。階級を表す装飾品であったのです。

晩餐会や政治的な行事のようなときは、同じようなものを腰にも巻いていました。

 

食事は、朝と夜。

昼間は、かんたんな、いわゆる焼き菓子のようなものを食べました。

 

食事の時間は規則的に決められていました。おいしいもの、食べたいものを食べさせてもらうことができましたし、

それが当たり前でないことを知ることはできませんでした。召使いが食事の世話から身の回りの世話まで

してくれる、行き届いた暮らしでした。

 

僕たち三人には、お抱えの家庭教師のような者がありました。書物のようなものを読んで聞かせてもらったり、

それぞれに合った教育を与えられました。

城には、人々が日々訪れ、話をしたり、晩餐会のようなものを開いたり、豊かで煌びやかな時間を

過ごしていました。

 

母は、ほとんどのことを人にしてもらえる立場ではあったものの、自分でドレスを仕立てたり、城の保全や修理も

自ら携わり、召使いたちに適切な指示を与え、日々を忙しく過ごしていました。

 

 

 

ある日の出来事です。

 

家庭教師ときょうだい三人とで、丘の上の城から出て、民の住む街に散策に出た時のことです。

川のほとりや山の中に、貧しい建物を建てて暮らす人々を見て、愕然としたのを覚えています。

まるで乞食のように、仕事をもたず、ただそこに佇み、時間をすごす民の多いことに驚かされました。

 

散歩をしていると、姉が、ひとりの少年を見つけました。年は6歳か7歳、腰に布を巻いただけの格好で、

体中を垢で覆い、ただ健康そのものといえるような笑顔をこちらに向けた少年がそこにいました。

 

姉がその子どもに声をかけました。

「お母さんかお父さんはいらっしゃるの?」

少年は黙って首をふります。

「それじゃあ、ひとりぼっちなの?」

そう聞くと、こくんとうなずきます。

「でしたら、私たちのあとについていらっしゃい」

そう言うと、家庭教師にこう言いました。

「この子は、乞食であるようですが、美しい顔立ちをしています。きっと頭もよい子でしょう。

城に連れて帰って、学問を与えましょう。そうすれば、城で働くことができるようにきっとなります。」

子どもは、私たちが乗っている馬のあとをひたひたと走り、城まで着いてきました。

そして姉は召使いに、

「この子をきれいにしてあげて。そして何か仕事を与えてちょうだい。

時々、文字を教えてあげるといいわ。この子は頭がよさそうだもの。」

そう言うと、さっさと自分の部屋に入っていってしまいました。

召使いはびっくりしましたが、台所に連れてごはんを食べさせ、水を浴びさせ、

小綺麗な服に着替えさせて、台所の仕事を手伝わせるようになりました。

連れてきた姉は、そのことをすっかり忘れたように、それっきり少年の話をしませんでしたが、

 

台所仕事や庭仕事をしたりして、少年は死ぬまで私の城の中で時を過ごしたのです。

第二章 母との別れ

 

ある日突然、王である父は、母を取り押さえ、牢屋に入れました。

いつものように親族仲間と食事をしていると、食事の席についていなかった父が

何人かの兵士とともに勢いよく晩餐室に入ってきました。

護衛隊である兵士は、突然母の腕をつかみ、部屋から連れて行こうとしました。

私たちは、椅子から立ち上がり、口々に悲鳴をあげました。

 

父は、

「この女は政治に口を出し、私を引きずり下ろして自分が王の座につこうと策略を企む不届き者だ。

 

牢屋に閉じ込めよ」

姉は母にすがりつき、泣き叫びましたが、兄に抱きすくめられ、何とかそこに立っている状態でした。

 

兄は毅然とし、強いまなざしで王を睨みつけました。

 

僕は、何が起きたのかを理解しようとするのがやっとで、ただ呆然と立ちすくんでいました。

 

あとから気づいたことですが、この企みは、ゴヘットという布商人の男が仕組んだものでした。

父が、以前から母を疎ましいと思っていたのを知ったゴヘットは、父に取り入ろうと

 

嘘八百のうわさ話を並べ立てたり、入れ知恵をしたりして、父と母が仲たがいするように仕向けたのです。

母がいなくなって、ひと月もしないうちに、父は新しい愛人を連れてきて、

「この者を、后として迎え入れる」と宣言したのでした。

 

新しい母だといって連れて来られたのは、どう見ても水商売の匂いのする、

教養があるようにも品格のある女王の素質があるようにも、まったく見えない女でありました。

その女は、5歳くらいの小さな女の子を連れていました。

子持ちの女を、王たるものが後妻に迎えるとは、なんと下品な人間なのだろうと、

 

当時の僕は父を非難し、軽蔑もしました。

 

しばらくの間は、その女と夕食をともにするのが屈辱で、苦痛でしかありませんでした。

しかし、ともに時を過ごしていく中で、彼女が本当は謙虚で優しい女性であることに、気づいていきました。

 

母がいなくなったあとは、それまで毎晩のようにたずねてきた友人たちの足は、次第に遠のいていきました。

 

にぎやかだった晩餐も、私たち兄弟3人に、継母と連れ子、わずかな家臣が付き添うくらいになっていました。

 

寂しくなった夕食の場で、継母は、「どうぞ、ご兄弟3人でゆっくりと時を過ごして下さいませ、

 

私どもはお先に失礼させていただきます」と言って、席を立つのでした。

 

遠慮して、たくさん会話を交わそうとはしませんでしたが、彼女の言葉や振る舞いの端々に、

 

僕たちへの配慮が感じられました。また、僕たちが家庭教師に書物を読んでもらったりしていると、

 

部屋に連れ子が入ってきて、私もお勉強に混ぜてくださいといって可愛らしい邪魔をすることがあったのですが、

 

あとから、決まって継母が来て、大変申し訳ございません、なんといってお詫びを申し上げていいか、と言って、

 

丁寧に頭を下げました。

彼女が後妻になったのは、ゴヘットのたくらみと王のきまぐれだったことを彼女は理解しており、

 

決して自分がその地位にふさわしい人間だとは思っていなかったのです。彼女は、心優しい女性でした。

連れ子である女の子はとても無邪気に私たちに話しかけ、愛くるしい目で自分の大切にしている玩具を見せたり、

 

木のカードや石に書かれた絵のようなものを見せたりします。

 

冷たくなってしまった心が、少しずつ温められるように感ずることができました。

 

しかし、姉の哀しみと寂しさはどれほど深かったのでしょう。

 

一人で過ごすことが多くなりました。優しく明るかった様子はすっかりと影を潜め、

 

むかしのように仲間とともにお茶会や討論会を楽しむ様子が見られなくなりました。

 

そのころ姉は、一人で母を捜していたのです。

 

生活の圏内を超え、使用人の部屋から地下に下り、万が一敵に襲われたときに使う地下道を抜け、日々探し回っていました。

 

そして兄もまた、同じように一人で母が閉じ込められているだろう牢獄を探し回っていました。

 

彼は、地下にようやくその場所を見つけました。

 

閉じ込められていたのは、一日中日の光の入らない、湿った地下牢でした。

 

二人の護衛がつき、女性の召使いが、母の身の回りの世話をし、食べ物や読み物を差し入れしていました。

 

生きていくことはできたでしょうが、それまでの生活と比べると、あまりにも悲惨な状況でありました。

 

しかし、優しく賢い母は、牢獄の中でも穏やかに時を過ごしていました。

 

時々、衣類や食べ物を持って会いに行く兄に対して、いつも気遣いを見せました。

 

彼が手荒な行動に出ないようにと再三の注意をしました。姉や僕に対して居場所を知らせてしまうことで

 

自分勝手な行動に出たり、父を恨んだりしないようにと、自分の存在さえをないものにして、城の平和を保つようにと伝えていたのです。

 

第三章 姉の苦悩、そして戦へ

 

僕たち兄弟には、それぞれ20畳ほどの部屋をあてがわれていました。

 

壁と床は、磨かれた白い石が重ねられ造られていました。

 

大きな窓には、麻でできたカーテンのような布がかけられています。

 

暑い夜などは、布も上のほうに束ねられ、大きな月がよく見えました。

 

光に照らされ、全ての調度品が美しく、光り輝いていました。

 

 

母が牢獄に入れられてから、その広い部屋で、姉はひとりでした。

 

僕も、おしゃべりに訪ねましたし、従事する人間が世話をすることはありましたが、

 

姉の心には孤独感がどんどん深まっていきました。

 

 

姉と兄はきょうだいでありましたが、契りを交わした仲でした。

 

この当時、きょうだいが恋愛関係であったり、結婚関係であったりすることはごく自然なことでした。

 

子どもの頃から相性がよく、理解しあっていた姉と兄とは、

 

ある一定の年齢に達したときには、ふたりでこの国を支えていこう、

 

繁栄させていこうという思いを強くしていたのです。

 

ですから、ふたりが二人の仲で将来愛を誓い合い、

 

結婚する約束をしていたのは自然の成り行きであったのです。

 

そのような関係を大切に育んでいけると思われた二人でしたが、

 

城の中が重い雰囲気になってくるにつれて、だんだんと姉の不安は募っていきました。

 

兄は母を支えようと、日々奔走し、姉とよい関係を保つことができなくなっていました。

 

ただ、お互いが優しい言葉をかけ合い、思い合い、二人だけの時間をもつことで

 

解消できたはずの行き違いでしたが、当時の幼い二人には

 

そのような余裕はありませんでした。

 

私はその時、姉がうまくいっていないことが、気づけていませんでした。

 

私もまた幼く、二人の気持ちを知る力を持ち合わせていなかったのです。

 

 

ある日、突如父である王が隣国を攻め入るという決断をしました。

 

それは兄にとっても、姉にとっても、そして僕にとっても重くのしかかる出来事で、

 

賢い兄は、その決断を思い留まらせようとしましたが、王の判断は揺らぐことはなく、

 

戦いへと、時代は着々と流れていきました。

 

少しずつ、民衆が集められはじめ、武器を作る職人が生まれ、

 

だんだんと国が戦いへと進んでいきました。

 

王が戦を始めると決意した理由には、隣国が海沿いであり、

 

海の幸を得られること、海から他国と貿易ができるだろうこと、

 

そして、何よりも、隣国にしかない文明を欲したことにありました。

 

そして、その判断を下すことができたのは、一番の邪魔者であった、

 

戦争に強く反対をしていた母を捕らえたという、強い安心感からでした。

 

 

また、戦争は、国民にとっても、ある意味、大きなチャンスだったのです。

 

貧しい家に生まれた者であっても、腕っ節が強く、喧嘩ができれば栄誉を勝ち取ることができる、

 

国に尽くすことで、名誉を、そして何より富を手にすることができる。

 

そういう考えから、民衆は沸き立ち、何とか貧しい暮らしから逃れたいと願う男性は

 

こぞって兵士として城の前にやってきたのでした。

 

国王、兵士、集められた民衆、そして兄もまた戦にでました。

 

僕は、幼いことから城に残りましたが、

 

戦の気配が漂い、殺気と落胆、そして狂乱状態に包まれるなか、

 

母を失い、また愛する兄を失うのではないかと不安に駆られた姉は

 

ますます寂しく、ひとりの時を過ごすこととなりました。

 

それでも姉は、兄の無事、そして国民の無事を切に願い、

 

優しさと、慈悲の心を忘れることはありませんでした。

 

 

一週間以上歩き続け、隣国との境界線上近くに陣を取りました。

 

そこで、王、兄、母の兄で、王の右腕であった伯父、

 

その伯父の息子(伯父の息子と兄は親友関係でありました)、

 

この4人でどのような戦いをするのか話し合われました。

 

敵国の城を中心に後ろ側を伯父と息子が攻め入ります。

 

少し時間を空けて王子が左手から、そしてその一時間後に王が右手から、時間差で攻め入ります。

 

そうすると敵国が逃げる先は十キロ先の海だけ。海まで後退すれば、逃げる場所はありません。

 

 

戦いはこうして始まりました。

 

相手国が私たちが攻め入ることを知っていたのかどうかはわかりませんが、

 

多くの兵士に弓矢で応戦されて、前へ進むことは容易ではありませんでしたが、

 

敵軍も、多くの兵士を失ったであろうことは、目に見えました。

 

 

緒戦を優勢に終えた後、疲れからか王は突然の高熱に冒され、

 

それは戦いに挑むことのできないほどでした。

 

3日間、山の中で療養はしたものの、体力が衰えて戦いには出られないだろうと話し合われ、

 

王だけが兵士とともに城に引き返す判断がなされました。

 

代わりに、王子である兄が指揮を執ることになり、

 

兄の隊は、父の代わりに伯父の息子が引き継ぎました。

 

兄は、瞬発的な判断力と行動力に優れた人間です。

 

兵士からも厚い信頼を受け、二戦目は前以上に統率のとれた、

 

勢いのある戦いとなりました。

 

敵の軍勢が崩れるまであと少し、というところで日が暮れ、兄は撤退の判断を下します。

 

休戦状態へと考えを変更したのです。

 

すぐさま、兄は隣国へ和解を申し出ました。

 

これ以上両国の兵士を失うことは良いことではないということ、

 

そして一日も早くこちらに有利な平和協定を結び、

 

我が国が強い国であるということを諸国に知らしめることで、

 

敵視を逃れなければならないと思ったからです。

 

ぐずぐずしていれば、諸国に攻め入れられる可能性もでてきます。

 

また、王が病気であるということが諸国に知れ渡ることも危険なことです。

 

提案した休戦協定は、兄の読みどおり、ほとんどは我が国の思い通りに運びました。

 

しかし、ただひとつ、大きな条件が課せられました。

 

「隣国の姫を我が国の女王の座へ迎え入れること」

 

兄はしばしの深い思案の後、そのただひとつの条件を飲むことに決めました。

 

国を守るためには致し方ないという判断だったと思われます。

しかし、使者からの伝言でそれを聞いた姉は絶望の淵へと落とされたのでありました。