「人を尊重する前に、私は私を尊重できているだろうか」

「違いを尊重するのは大切なこと」という認識は広く共有されていると思います。価値観・能力・生き方・好みなど違いははっきりと分かれるようになり、人々が共に暮らすため必要な社会性として大切な能力になりました。さらにこのテーマは、尊重することは他者との関わりを通じて「自分はどう生きるのか」という問いまで深めることができると思います。
しかし、こうしたテーマは私たち一人ひとりにの心に負担がかかっていることにも目を向けないといけません。分からないことが増えて自分の常識が通じなくなっていき、他人を尊重しようとする一方で自分の心が後回しになっていて「じゃあ、自分は尊重されているのだろうか」という悩みを抱えているのが現状の課題だと思います。
まずは自分の基準を持っておくことは必要です。
自分は何のためにいるのか、何のために行動しているのか納得できる答えは見つかっているでしょうか。自分の価値観や考え方では思い通りにならないことが多くても、自分でコントロールできる範囲は自分で管理できる方がいいです。
人と関わることがあっても究極、自分と他人は全く違う人間なんだと深いレベルで理解していれば、考え方の違いで悩むことは減っていきます。
自分がどんな人間なのかをより知るということは、自分と他人は別のもとして受け入れられるということになります。これが後に無理のない気持ちで他者への尊重につながっていきます。
「自分は尊重されているのか」という悩みの本質は承認欲求にあると思います。承認欲求と言うとSNSなどでは批判の対象になることがありますが、悪いことと決めつけないで欲しいと思います。人間は必ず誰かと支え合わないと生きていけないので、周りを気にするのは自然なことですし「自分の価値を上げたい」「自分の能力を活かして活躍したい」といった、先ずは自分が成長する方へ働かせるために必要です。
気をつけたいのは「評価される」ために悩んでいないかです。能力や利益のために繋がっている関係ではなく、「この人といると落ち着く」「一緒に時間を過ごしたい」本当の信頼関係を期待しましょう。
「尊重されていない」と感じて苦しい時は、無理に周囲からの評価を探そうとするのではなく、まずは自分自身が「これまで周りと協力して歩んできた自分」を思い出してその気持ちを大切にするところから始めていきましょう。
次は他者を思いやるがあまりに自分が後回しになってしまうジレンマについて考えてみようと思います。
これまでに伝えたかったことは、完璧な人間はいないということです。それゆえに人が成長したり変化していくには沢山の時間がかかります。人の変化はとても緩やかです。だからこそ、自分も相手も「すぐに完璧になれない」という前提に立ち、少し手を緩めて視野を広げてみることが大切です。
では、私たちはなぜ、そこまでして「完璧な『良い人』」であろうとしてしまうのでしょうか。その気持ちは一体どこから来るのでしょうか。
完璧な人はいませんが、完璧ではない自分に対する罪悪感や後ろめたさを抱えていることはよくあります。もしもそうなら、自分を肯定するための根拠となるものが必要に感じます。
この様な動機ではなかなか人のためにはなれません。
こうした感情が増幅すると自分を抑えてまで他人のために良い行いをしようとし無理をしてしまうのです。もし今あなたがこういう理由で疲れきったならば、もう自分は「良い人」をやりきったと満足して手放してしまいましょう。次第にあらゆる面で自分を認められるようになって他者との適切な距離感を保てるようになります。
「誰かを尊重しよう」と頑張る前に、まずは自分が自分の理解者であり、味方でいてあげてください。他人との境界線を優しく引き、完璧でない自分をそのまま認めたら、あなたの心はゆとりと静かな強さが戻ってきます。無理に「良い人」を演じなくても、あなたはもう十分に周囲と繋がって歩んできました。これからは少し肩の力を抜いて、自分自身の心地よさを大切にしながら、あなただけの歩幅で進んでいきましょう。
